釣り道具、ベイトリールが、あればいい

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はじめて釣った魚の話 その1

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もうかれこれ30年以上前の話。

私ひっさんの少年時代、始めて魚を釣った話とそれまでに至る話。

sasint / Pixabay

釣りのプロでもなければ、有名人でもない、

ただの素人アングラーの私ですが、昔の思い出を記したいと思います。

 

いかんせん昔の記憶ですので、ところどころ曖昧な部分がございます。。。

 

「竹」で釣りごっこをしてたら「釣り」に興味を持ち始めた

小学生3年生だったと記憶しています。

学校の何かの授業で、竹細工でもしたのでしょうか。

縦に割いた50センチ程の竹をもらって、家に持ち帰ったのがそもそものきっかけです。

 

それは直径10センチ程の、いわゆる真竹のような「竹」をナタで縦に割ったものでした。

幅は2~3センチ程だったと思います。

何に使うでもなく、私はそれを家に持ち帰りました。

 

子供にとってこの様な「ガラクタ」は、たまらないオモチャでした。

ブンブン振り回したり、何かを叩いたり。

 

当時、私の母は洋裁をしており、家にはミシンや糸等が沢山ありました。

ミシン糸は木やプラスチックのボビンに巻かれており、

使い終わったその「ボビン」もやはりオモチャであり、

よく工作なんかで使ったりしたものです。

 

家には針金なんかもありました。

父の色々な物が入っている段ボール箱には、真空管やら初期の頃のIC、ラジオ用のコイルやら電子部品の他、

針金や配線、よくわからない物までいろいろ入っていました。

 

私は何を思ったのか、その持ち帰った「竹」に、

針金を用いてミシン糸の「ボビン」を固定しました。

釣りに使うリールに見立てて・・・。

 

その「リール」には針金でハンドルも付けました。

上手く糸が巻き取れたのかどうかは、今となっては不明です。

 

やったことはありませんでしたが、「魚釣り」という存在は知っていました。

いつから知っていたのか、テレビで知ったのか、絵本で知ったのか、学校で知ったのかは分かりませんが、

とにかく魚釣りの存在自体は知っていました。

テレビで観た船でリールを巻いているイメージは既にあったような気がします。

 

「子供の頃は竹で釣りをした」、という父の昔話はよく聞かされていたので、

それで知っていたのかもしれません。

 

私は自分で作ったその「釣り竿とリール」に、母からもらった縫い糸を結んで、釣り遊びを始めたのでした。

普段なら、一晩か二晩で飽きてやめてしまう程度の遊びです。

なにかを先に結んで、振り回したり、引きずり回したり。

 

そうこうしているうちに、父が仕事から帰ってきました。

私はその「釣り」を父に見せました。

それを見た父が言ったのです。

 

「なんだ、釣りがしたいのか?」

 

そしてこうも言いました。

 

「今度連れて行ってやる」

 

父の言う「今度」とは、明日とか来週とか、そういう私の時間軸ではなく、

あくまでも「そのうち」というニュアンスであることは、幼いながらにも感じとってはいましたが。

 

最後にいつもの口癖、

「お父さんが子供のころはな、竹を切ってきてそれで魚釣りをしたんだ。」

 

何かが心の中で芽生えたのを、今でもはっきりと覚えています。

ドキドキしていました。

 

図書館で借りた「釣り入門」を片っ端から読みまくる

StockSnap / Pixabay

翌日学校から帰ると、図書館へと走りました。

当時から図書館は私の「辞書」でした。

 

インターネットの無い時代、何かを知りたかったら人に聞くか自分で調べないといけません。

先生に聞いてもダメそうだ、母に聞いてもやはり無駄だろう、勉強しなさいと言われるのがオチだし。

父も仕事に行ってていないし、帰ってきたらビール呑んでプロ野球を観てしまってろくに話も聞いてくれない。

ならば自分で調べないといけない。

そういう習慣が当時からあったように思います。

 

図書館には釣りの本が沢山ありました。

海釣りの本、川釣りの本。

釣り入門、初めての釣り、これで君も釣り名人。

そんな本をいくつか選び、とりあえず貸し出し上限の5冊を借りて、

家で貪る様に読みました。

 

道糸やハリス、ウキやオモリを知り、

自分の作った「釣り道具」はそれらとは大きくかけ離れていることも知りました。

 

狙う魚によって仕掛けは違いました。

丸カンを使うもの、ヨリモドシを使うもの、チチワで繋ぐもの。

さっぱり違いや意味は分かりません。

この魚にはこれでなくてはダメなんだという、変な固定観念ばかり覚えていきました。

 

ただ、どの本にも「基本の仕掛け」みたいなものはありました。

最低限の糸と針、そしてオモリとウキが付いている仕掛けです。

これだけあればとりあえず魚は釣れるのか。

だんだんと頭の中が整理されていきました。

 

翌日、学校で釣り経験のある友達にその話をしました。

「ホントにこれだけの仕掛けで魚釣れるの?」

と。

 

その友達とは過去に一度だけ、学校の放課後に釣りに行こうとしたことがありました。

 

小学2年生の時に一度だけ釣りに行きそびれた事があった

langll / Pixabay

ここまで書いてきて少し思い出しました。

話はさかのぼりますが、そういえば一度釣りに行こうとしたことがありました。

 

先ほどの釣り経験のある友達が、学校に小さなフナを4匹持ってきた事がありました。(3匹だったかも)

同じクラスだった時なので、多分2年生の時です。

当時学校では、教室で各自持ち寄ったそういう「生物」を皆で飼うのが普通でした。

その彼は前日の夕方、じいちゃんと多摩川で釣ってきたのだと言っていました。

 

私はその話に飛びついたのを覚えています。

当時から、田んぼや小川で、魚やカエルを捕まえる事はよくやっていましたが、

「釣り」は未経験。

網でメダカの様な小魚やたまにドジョウなんかは捕れましたが、

めったにちゃんとした「魚」は網にかかる事はなく、

しかも4匹も捕れるなんてすげぇ、一緒に行こうぜ!

とういう事になりました。

 

多摩川までは自転車でも行けない距離ではありませんでしたが、

バスに乗れば40円で行けました。

終点の清化園プールという、ゴミ焼却施設まで行くとそこからすぐ多摩川だったので、

何故かどういう訳かバスで行こうと言う事になりました。

 

当時はたしてバス代を持っていたのかどうかは不明ですが、

確か記憶では友人の家にばーちゃんがいて、友人はばーちゃんに糸の結び方を確認していました。

その時にお小遣いをもらっていて、私の分のバス代もそのばーちゃんが出してくれたような気がします。

 

放課後でしたので、時間は既に3時半過ぎ。

5時には家に帰らないと父に怒られます。

心のどこかでは、6時までに帰れればいいやという気持ちもありました。

もう一方ではやっぱりやめようよ、もう時間が遅いよ、という気持ちもありました。

 

そんな気持ちのまま団地の商店街前のバス停で、

友達と二人バスを待っていた訳ですが、たまたまそこを通りかかったのが私の母。

見事に母に見つかりました。

もちろん多摩川行きは許してもらえる訳もなく、あえなく作戦は失敗に終わったのでした。

 

ちなみにこの時の友達とは今でも一緒に釣りに行っています。

たまに動画にも出てくる「プロ」ですw

 

初めての釣り具は200円の仕掛けセット

しばらくは釣りの本を読むだけの「釣りオタク」でした。

どれくらいの間、釣りオタクをやっていたかは覚えていませんが、

ひたすらに何度も何度も、それこそず~っと釣りの本を読んでいました。

私は釣りの本が本当に大好きだったんです。

 

ある日近所のスーパーに母と買い物に行った時、事件は起きました。

1Fの食品売り場から2Fの生活雑貨売り場へ上がる階段の踊り場に、

魚捕り網なんかと一緒に釣り具セットが売っていたのです。

竹で出来た並継の竿に仕掛けがセットしてある、今でもたまに見かけるような釣りセット。

初めて見ました。

もちろんそう簡単には買ってはもらえませんでした。

 

しかしそのセットの竿無しバージョンが、横に吊るしてあったのです。

黄緑色のプラスチックでできた仕掛け巻きと、釣り糸が2号10m、棒ウキと玉ウキとゴム管、

ちょっと大きめの針(多分袖針6号位)が、ハリス付きで2本クルっと丸めて小さなビニール小袋に入っており、

カミツブシオモリが2個入っていて、200円でした。

 

どうにかこうにか、その200円の釣り具セットを買ってもらう事に私は成功し、喜んで家に帰ったのでした。

初めての「釣り具」。

それはスーパーで買ってもらった200円の仕掛けセット。

 

こうして晴れて私の釣り人生は始まったのでした。

 

その2へ続く

 

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